川原泉という漫画家を知っていますか?
1980年代が最も連載作品が多く、代表作は「笑う大天使(ミカエル)」「バビロンまで何マイル?」など。
どの作品も軽いタッチと絵柄で描かれており、読み心地が心地よいと感じる事が多いです。
しかしその絵柄とは裏腹に考えさせられたり重い内容が混じっていることがあるのですが、その重さを感じさせない台詞回しや登場人物たちの心地よさがあります。
川原泉の作風は
彼女の漫画は、着眼点がとてもユニークです。
そして話の内容がどんなに暗い物語であっても、どこか温かいのです。
逆境に置かれたり境遇が悲しい主人公も多いのですが、「私はなんて不幸なんだ!」と叫んだり誰かに当たり散らすことはまずありません。
何があっても飄々と乗り越える強さとユーモア、理性があります。
気分が盛り上がるようなカタルシスを求めるなら、正直この漫画家の作品はあわないと思うことが多いでしょう。
ユーモアと理性と時に鋭い感性で、物語は粛々と進みます。
特に主人公は、自分のできる事を考えて行動します。
激情型の登場人物達が物語を進めるのではなく、深い理性と知性をもつ登場人物達(一見してそう感じさせませんが)が話を紡いでいくのが特徴的です。
一見するとそれは地味で、物足りなさを感じると思うかもしれません。
しかしどの作品も、読後に何とも言えない心地よさを感じるのです。
私が特にそれを感じるのが、「甲子園の空に笑え!」「笑う大天使」です。
「甲子園の空に笑え!」を少し例に挙げてみたいと思います。
「 甲子園の空に笑え!」は今までにない野球漫画
「甲子園の空に笑え!」は、田舎の学校にある野球部が甲子園に出場する話です。
主人公は野球部顧問なのですが、驚くほど理性的。
今までの野球漫画にありがちな、熱意や根性を全否定するような人物なのです。
「すぐに熱血で野球をやる星飛雄馬は、遺伝的に問題があるんじゃないのか?」
「たかがボール遊び」
という考えが、このジャンルの漫画にしては衝撃的でした。
甲子園漫画といえば、少年漫画でも熱血スポーツマンガの定番です。
熱い勝負、切磋琢磨しあうメンバー達やライバル。
その盛り上がりが殆どありません。
常に冷静、シニカルを崩さないで物語が進みます。
でも嫌味を感じません。
作者の物語に対する絶妙なバランスを感じる、素晴らしいマンガです。
結末は読んでからのお楽しみとして、書かないでおきたいと思います。
しかし読後は、とても気持ちのよくなる作品です。
静かな海を見て穏やかさを感じるような作品達
川原泉作品は、今の少女マンガにはないタイプの漫画だと思います。
(作品のセリフの文字数も、今では考えられないくらい多いですし)
どの作品にも深い理性と理知、優しさが、静かに横たわっています。
それは決して情熱的ではなく、時に突き放されているような、覚めているような。
そう感じる人がいるかもしれませんが、不思議と「読んでよかった」と思えるのです。
心を穏やかに、そして静かになりたい時。
泣いたり怒ったりと心を激情でゆすぶったカタルシスの快感ではなく、穏やかな海をみて感動したいと思うなら、川原泉の作品達は静かに力を与えてくれます。
一度は読んでみてほしい漫画家です。