そろそろアレな世代の話をしようか

氷河期世代の雑記ブログ(趣味や日常中心)

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鎌倉・長谷寺へピンポイントお出かけ

 

鎌倉の長谷寺に行ってみた

日常の繰り返しもいいけど、それだけだと息が詰まるし何よりも刺激がない。

それは嫌だ!

という気持ちが不定期に自分の中でわき上がります。

そこで今回は鎌倉の長谷寺に、ピンポイントお出かけをしてみました。

鎌倉は観光地がわんさかありますが、今回はここだけを目指してみました。

小綺麗でした

江ノ電長谷駅からゆっくりあるいて約10分で、長谷寺につきました。

方向音痴の私も迷わないほどわかりやすかったのは、標識が要所要所にあった事もあるでしょう。

そのあたりのホスピタリティは、さすが観光地。

 

境内からあふれるほどの観光客、というわけではありませんが人はとぎれることなくやってきます。

 

 

 

一番見たかった木製の観音様。

この写真の奥に鎮座しています。

初めて見たのですが、迫力がありました。

薄暗い御堂に安置されていますが、ふっくらとした体に柔らかな表情を感じ取れます。

手は柔らかで包み込むように物をもっており、慈悲の仏様という雰囲気があります。

そしてゴージャス感も持っています。

今回長谷寺にいって、一番見て良かったと思ったものです。

ちなみに撮影禁止。

 

この付近から鎌倉の海岸線を見ることができるのですが、とてもきれいでした。

 

珍しいなと思った物に、牡蠣がら神社という物がありました。

観音様を掘り出した巨木が海を漂って流れ着いた、という逸話があります。

その巨木と一緒についてきたのが牡蠣ということで、その牡蠣を祀っている神社が敷地内にありました。

牡蠣殻に願い事をかいてつるす、つまり牡蠣殻が絵馬なのです。

牡蠣殻がズラッとぶら下がっている光景は初めてみました。

 

長谷寺は全体的に、とても小綺麗なお寺でした。

建物も新しく、境内もかなり整備されていて近代的な設備もあります。

観音像がなければ、お寺風を取り入れた日本庭園にきたのかな?とも思える雰囲気でした。

古刹に何を求めるか

私がこのお寺に行って感じたのは、とにかく外国人観光客の方が多いということ。

ここだけでなく、鎌倉全体がそうかもしれません。

江ノ電の中から見える風景は、とにかく外国人観光客が至るところにいてスマホで写真を撮っていること。

鎌倉高校の踏切にも人がいて、スマホで撮影をしていました。

あれが日常だと付近の人は迷惑だろうなと正直思いました。

 

だから外国の観光客向けに整備したのかな?と、ちらっと思いました。

観光客がきてお寺の維持につながるなら、それはそれで有益な事です。

新しくて近代的な物って便利で良いですよね。

訪れた人も快適で満足感があがるでしょう。

でも私が古刹に求めていた物は「ほとんどなかった」というのが正直な感想です。

何を求めていたのか?

非日常的で落ち着いた雰囲気と歴史を感じるもの、自分がそこに迷い込んだような感覚・・

現代的なものよりも、鎌倉の歴史と古刹が持ち続けてきた歴史の積み重ね。

それがかなり薄まった感に不完全燃焼を起こしてしまったのかもしれません。

これって私のわがままかもしれません。

だって古刹とはいえ、生き残っていく手段も方法も考えなきゃいけませんから。

さらに我が儘を承知でさらに言わせてもらえば、私は「現代」をみたいのではなく「昔」という未体験の新しい物が見たかったということです。

この辺のバランスって難しいですね。

 

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