そろそろアレな世代の話をしようか

氷河期世代の雑記ブログ(趣味や日常中心)

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電車の終着駅にロマンを感じる

 

電車の終着駅が気になる

駅の掲示板や電車にかかれている「○○行」という表示をみると、そこまで行ってみたいと思います。

自分の目的地はそこまでじゃないけど、乗る電車の最終目的。

電車は始発駅から終着地まで走る訳ですが、自分が利用するのはその途中まで。

その列車はどんなところに行くのだろう。

○○駅はどんな感じなんだろう。

そこには何があるんだろう。

と、ロマンを感じるからです。

それともロマンを感じるのは少数派なのかな?

そこに未知があるかもしれない、という気持

列車に乗るのが大好き、という訳ではありません。

列車全般に関する興味もそれほど高くはなく、いわゆる鉄道マニアやファンという訳ではありません。

しかし終着駅には興味があります。

まず終着駅という名称が、物語性を感じさせます。

行き着く先、終わりの場所。

そんな感じがするのは、もしかしたら子供の頃に読んだ物語のせいかもしれません。

 

昔ラストの結論が書かれていない物語ばかりを集めた本を読んだことがあります。

「女か虎か」と同じように、結論を書かれていない物語ばかりを集めた本です。

その中に鉄道の話がありました。(題名は忘れてしまいましたが)

列車が終着駅に向けてひたすら走っているのですが、その列車は途中駅で止まりません。

事情を聞こうにも誰もわからず、唯ひたすら列車は走り続けるのみ。

そしてある時主人公は気がつきます。

沿線の人々が列車に向かって「止まれ」と口々に言っていることに。

今自分たちの列車に何が起こっているのか、何が待っているのかわかりません。

唯一つかめた情報は、誰かが列車に向けて投げた新聞の切れ端。

バラバラになった新聞からつかめたのは「R」から始まる見出しだけ。

ますます謎は深まる中、ついに終着駅にたどり着きます。

そこでその主人公がみたものは。

ここで物語は終わり、謎の結果は不明なまま物語は終わります。

 

そこに行けば知らない何かがあるかもしれない。

自分が知らないことがあるかもしれない。

未知へのロマンです。

いつかいってみたい

少なくとも見知らぬ土地で、初めての場所である事は確実です。

旅行というほど大規模な旅行ではなく、小旅行に近い感覚でしょう。

非日常にふれるわくわく感は、とても魅力的です。

 

でもね、一方で現実的な事も思うんです。

終着駅にいってもそう簡単に未知の体験なんてできないし、知らないものが一杯でないという事も。

それでも知らない場所に行ってみたいという思いを刺激してくるのが、終着駅というものです。

 

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